[ カテゴリ(町指定)へ戻る | ←← | →→ ] [ カテゴリ(町指定) | 地域(西川町) | 登録日(2009/03) ]
西川町の文化財

第30号 岩根沢太々神楽

カテゴリ: 町指定文化財 地域: 西川町
(登録日: 2009/03/23 更新日: 2009/06/15)


→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]



→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]



→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]



→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]



→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]



→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]



指定年月日 平成21年2月23日
所在地 西川町大字岩根沢字上ノ平95-3番地
所有者   月山神社・出羽神社・湯殿山神社摂社月山出羽湯殿山三神社
占有者 出羽三山神社岩根沢社務出張所 所長 伊藤高志 祭務 岩本功
種類    無形文化財(芸能)
史実・由来・伝説その他参考となる事実
絵馬、板札、板額が三山神社の廊下に掲げられている。(1)絵馬 「月山神社出羽神社湯殿山神社奉納太々神楽木面」 明治25年8月、岩代国安達郡上川崎村の方々が奉納したもので、絵馬には12面の木面略図と奉納者氏名が記されている。(三山先達 古沢円蔵)
(2)板札 「金拾円也 太々神楽」 福島県岩代国安達郡上川崎村大字小沢の太々神楽講中の寄贈である。(年代不明 三山先導 古沢円蔵)
(3)板額 「奉納三山参詣太々神楽及び大煙火五百人講中記念」 大正8年9月、福島県安達郡下の村々の方々が家内安全と子孫長久を祈念し、太々神楽を奉納し花火大会を催した記念の額である。
現状 岩根沢太々神楽は明治初年頃に、福島県伊達地方に伝わる里神楽が伝えられたと言われている。昭和12年頃までは大神楽36坐、小神楽12坐もあって午前中23坐、午後は13坐を一日がかりで演じていたが、第2次世界大戦のため一時中断した。復活したのは昭和23年である。現在は、交通手段の変化に伴って三山参詣者による神楽奉納もなくなり、要害神社の5月3日と摂社月山出羽湯殿山三神社の9月13日の例大祭の奉納のみであるが、様々な行事の折に出演の要請を受けている。
現在は、10の舞曲(燈明舞・鎮悪神舞・国堅舞・榊舞・猿田彦神舞・大延舞・倭姫舞・二本扇子舞・宇賀舞・大釜の舞)が演じられており、各演目の扮する神・人数・性別・被物・上衣・下衣・履物・採り物・演出法・楽器・演奏者の服装等は、「岩根沢太々神楽調査カード」のとおりである。
元来、太々神楽を演ずる舞人や楽人たちは宿坊の人達であったが、昭和51年から岩根沢太々神楽保存会を組織している。平成19年には新メンバーも加わり、さらに活動が充実してきている。なお、この神楽は摂社月山出羽湯殿山三神社に所属する特定な芸能であるため、運営・管理は出羽三山神社岩根沢社務出張所が担っている。
(1)岩根沢太々神楽は、摂社月山出羽湯殿山三神社や要害神社の例大祭の折に、連綿として演ぜられてきた民俗芸能であり、現在10演目となったが、演出法は独特であり、芸能的価値は高い。
(2)10演目の演出に伴う楽器や舞人や楽人の装束等は貴重であり、維持・保存に値する。
(3)交通機関の発達に伴う三山参詣者の減少・地区住民の過疎・高齢化による舞手、楽人の減少など、時代の変貌は岩根沢太々神楽に及ぼす影響が大きいが、現在は岩根沢太々神楽保存会の結成によって40歳代の後継者へ確実に継承され、将来の展望は明るい。
 
[ カテゴリ(町指定)へ戻る | ←← | →→ ] [ カテゴリ(町指定) | 地域(西川町) | 登録日(2009/03) ]
[ ホーム| ]